2014/08/29
荻田繁男は、不自然なほどに腰が低い。
「実るほど頭(こうべ)を垂(た)れる稲穂(いなほ)かな」という川柳(せんりゅう)を地で行くような腰の低さである。
そして、話す物腰(ものごし)も柔らかい。
ゴツゴツと尖(とが)った凶器になりえる硬い石が長年の修行によって角が取れて丸くすべすべの石になった・・・それが荻田繁男の印象である。
荻田繁男は、私が付き合った４年間で三回その人なつっこい表情を固くして眼光鋭く語ったことがある。
その時の感覚は生涯忘れられないだろう。
決して凄(すご)んでいるわけではないのだが、金縛(かなしば)りに遭(あ)ったように動けなくなる。
発する気によって関係の無い回りにいた人間ですら無意識に静かになってしまう。
一番印象に残っているのは、ＪＲ大口駅前の居酒屋のボックス席で二人だけで杯(さかずき)を交わしていた時である。
その前後の話の流れはハッキリと覚えていないが、一瞬の沈黙があった後、荻田繁男は私の瞳のそのまた遥(はる)か奥を覗(のぞ)き込むように見つめながら語りだした。
「大滝先生・・・先生は自分の凄(すご)さが判っていないでしょう？」
「・・・・・・・・」
「ある程度は自覚しなければそこまでなれないでしょうから、ある程度は判っていると思いますが、たぶん、先生自身が考えている何倍も凄い才能を持っているんですよ！」
「そうですかね？」
その軽い受け答えにカチンと来たように
「大滝先生、私は今まで超一流の人間ばかり求めて来ました。太極拳では陳(ちん)総帥(そうすい)、催眠では森定一(もりさだかず)先生・・・そして、森先生がお亡くなりになった今、選んだのが大滝先生です。
ハッキリ言って今、勝負すれば私の方が勝つかも知れません。
でも、５年後１０年後は勝てる自信がありません。
私が高く評価しているのは、その大滝先生の柔軟な発想力と類(たぐい)稀(まれ)な吸収力です。
まったく型を持たないのが大滝先生の天才的なところです。
この人は一体何処(どこ)まで延びていくのか・・私では想像できません・・それが私にとって堪(たま)らない魅力なんです。
先生と初めて会った時に私はその才能に一目惚れしました。
先生の才能に憧(あこが)れを抱きつつ、ちょくちょくその才能に嫉妬(しっと)さえします。
だから仕事が終わって身体が疲れていてもそんな大滝先生と時間を共にできるとなったら家で寛(くつろ)いでいる時間は私にとって時間の無駄使いでしかないんです。」
荻田繁男と私が目指していた催眠に完全催眠というものがある。
完全催眠の柱となる要素は、催眠にかけられたと気付かれない事・・・
これは、日頃講習会やセッションの中でもよく話している。
しかし、完全催眠を構成するもう一つの要素がある。
それは、永久にとけない事である。
この日、荻田繁男からかけられた完全催眠は、今も尚効き続けている・・
そして恐らく一生涯とける事はないだろう！
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