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以下の話は、故荻田先生から当オフィス代表に語られた沢山の話の中

からほんの一部分を抜粋して書かれています。




 世界に類を見ない天才催眠術師

M.S先生という方をご存知でしょうか?(調べればすぐに誰だか分かる位の方ですがここではイニシャルで書いておきます)

もし貴方が催眠を学ぼうと考えているなら必ず一度は出会う事になるでしょう。

でも出会うと言っても、もう直接お目にかかる事は出来ません。
何故なら1998年の11月11日に84歳で肺がんの為に他界しているからです。

もしM.S先生の催眠に触れずして催眠を語ったとしたらあまりにも幼稚な催眠しか手に入れられないでしょう。

M.S先生は、産婦人科の医師でありながら、医学では治らない難病奇病が多い事に目を向け、その対処法を催眠に求めました。

M.S先生に師匠はいません。
催眠の文献を取り寄せ独学で学びました。

そして、独自の催眠を作り上げました。
その催眠法は、私が知る限り過去を含めて世界のどこを探しても見当たらない催眠法でした。

それが「M式瞬間催眠法」です。
どこが他の催眠法と違うかと言うと一度眠った様な状態にせず目を開いた状態で催眠をいれるところにあります。

我々には、これを出来ずには催眠をできると認めないという不文律の様なものがありますが、出来ない人間は、これをインチキだ・・・やらせだ・・・と断言して止みません。

しかしその高レベルの催眠が現存するのは事実です。

M.S先生は、自分の後を弟子の荻田繁男という人に託しました。

亡くなる3日前の病院のベットの上での依頼でした。





 天才催眠術師の伝承者

(荻田繁男)

昭和33年12月6日生まれ
20歳の時に某流派空手を極めながら空手に見切りを付け単身中国に渡り陳式太極拳に入門・後に日本人で世界大会2位・日本大会2連覇・・・・中国国家要人である陳総帥の日本人ただ一人の直弟子・・・

実力を買われ神奈川県警の武術師範をし小泉総理のSP(ボデーガード)の警官に弟子達が多くいます。

接骨医(太極拳の達人の為か奇跡的な治療を行います)

その後、催眠に興味を持ちMS先生の弟子になり先生が後を託す実力を持つに至った天才催眠術師です。




 天才催眠術師の遺言

(MS先生の遺言)

荻田氏は、MS先生から「世に潜む催眠の実力者と交流を持ち、自分でも創意工夫をして世界に立ち遅れている日本の催眠を発展させてくれ!」という遺言を受けました。

荻田氏は、その実力者をタウンページの中に見出そうとしました。

お金を払って患者のふりをしたり初心者を装ったりして行くのですからその費用は数百万円を超えていると思われます。

しかし電話帳に出ている横浜と東京のオフィスはすべて行きましたが、この人と思える人間は一人もいなかったそうです。

その時私は、電話帳には乗せていずに無料配布される情報タウン紙に乗せているだけでしたが、ちょうどそれを見つけて荻田氏は私の所を訪れました。

もちろん初心者を装って試しに来たのです。

そして私と荻田氏は運命の糸に引き寄せられるように出会い義兄弟の様な付き合いを始めて催眠の研究を繰り返しました。



 平成14年の悲劇
(平成14年の悲劇)

荻田氏は、前年私がオフィスを新設(現・新子安オフィス)した事に刺激されたのか、3月に三階建ての新築の自宅と催眠ルーム付きの接骨院を完成させました。

新築祝いの時に私と荻田氏は、将来の夢を語り誓いました。

「実力が無いのに開業しているチンケなオフィスがすごく多いので、いつか我々の団体が、あそこのオフィスは一つ星、ここは二つ星などと格付けを出来るくらいの実力と規模を持ちましょう」・・・・・と

それから3ヶ月の6月23日(日)、荻田氏は、前日の9時まで診療をして

「今日は疲れたから早く寝るわ〜」

という言葉を最後に自分の部屋に入り二度と目を覚ましませんでした。

うっ血性心不全・・世に言う突然死です。

天才武術家・天才催眠術師のあまりにも突然のあまりにもあっけ無い最後でした。

自分の城を手に入れてわずか3ヶ月・・43歳・・下の男の子はまだ1歳半でした。

荻田氏が死んでMS先生が後世に残したかった技が闇に消えていきました。

私が荻田氏から吸収した技を除いは・・・・・・・・。



 伝承者求む!

いま私の頭にいつも考えている事は、 「私が死ぬ前に私と荻田氏の技法を1人でも多くの人に残しておきたい!」

という事です。

志のある方の催眠講習会参加をお待ちしています。



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